超地味なフリー編集者兼ライター兼単なる旧来型野球オヤジの身辺雑記
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追悼クリート・ボイヤー

こんなニュースが飛び込んできました。

米大リーグのヤンキースなどで活躍し、日本の大洋(現横浜)にも在籍したクリート・ボイヤー氏が4日、アトランタで死去した。70歳だった。 大リーグの公式ホームページによると、ボイヤー氏は三塁手としてヤンキースの5年連続ワールドシリーズ進出に貢献するなど、大リーグ通算で打率2割4分2厘、162本塁打の成績を残した。 大洋では72年から75年までプレーし、打率2割5分7厘、71本塁打、218打点。(時事)

ホエールズ/ベイスターズのオールドファンにとっては懐かしい名前ですが、もう70歳でしたか。合掌。

盛りを過ぎたとはいえ、ニューヨーク・ヤンキースの正三塁手が、あの汚い川崎球場で4年もプレーしてくれていたんですね。私が中学生の頃ですから、何度か生で見ているはずです。
いっしょにやってきたのが、まだ若僧の二塁手ジョン・シピン。そのヘアスタイルともみあげから「ライオン丸」の異名で人気を博しました。人格高潔なボイヤー先生の指導もあってか球団史を彩る名選手の一人になりましたが、現役の晩年、読売に移籍すると対戦相手である大洋の投手になぐりかかるなど、不良外人の印象が残ってしまったのが残念です。

さて、亡くなったボイヤーさんですが、なんといっても魅力はその守備でした。当時、大洋の内野は、ファーストにコンバートされた松原誠、二塁にシピン、ショートは守備の名手米田慶三郎、そしてサードにボイヤーという布陣でした。ちなみに捕手は、こちらも先日亡くなったばかりの伊藤勲さんでした。

つまり、ボイヤーをお手本にして内野守備が抜群に締まり、その伝統が今日まで連綿と続いてきたのです。
たとえば、米田のポジションを奪った、後の名遊撃手山下大輔は、ボイヤーと米田の守備に畏敬の念を持っていたといいますし、直接ボイヤーの指導を受けたという話を聞いたことがあります。そしてその系譜は、高木豊、高橋雅裕、進藤達哉、石井琢朗、そして藤田一也(まだ?)に及びます。

今思えば、あの当時、日本の野球をバカにせず、プレーそのものもさることながら、惜しみなくその技術を伝えたメジャーリーガーがいたというのは、幸せなことだと思います。そして、彼はアメリカに戻ってからも、MLBの選手の情報や事情を、当時のスカウト兼通訳の牛込惟浩氏に伝えてくれていたそうです。

ちょっと今回もマニアックな話題でしたね。けれど「ホエールズ/ベイスターズ検定」では(そんなのないけど)初級レベルの知識です。だから関係者以外は読まなくていいっす、って最後に書いてどうする……。
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by bay-hamakujira | 2007-06-06 14:41 | 野球
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